旧岩崎邸案内/茅町コンドル会

summary

                                                                                                                                                   

                                アクセス数累計 8/july 2017  37.553
       茅町  旧岩崎邸案内                  

                      平成13年10月1日開園、2016年10月1日で開園15年、来園者350万人


                                 
茅町 岩崎久彌邸
                     切絵/石村正臣
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三菱の創始者 岩崎彌太郎の嫡男岩崎久彌
は今から百二十年前 明治29年に上野茅町に
岩崎久彌邸 を新築した 


    洋館の設計者は ジョサイア・コンドル
    この建物はコンドル作品の華と讃えられ
    いる

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            同時に完成した和館は大河喜十郎の手になる自由闊達な会心作であり
            この洋館と和館は明治を代表する名建築で共に重要文化財である
             通常は日本間で暮らし 客間は洋風にする以後の日本住宅の先駆け
            となった歴史的作品である
            一世紀以上経た現在も往時の優雅な姿を伝えている

          
          岩崎彌太郎  はこの場所 岩崎茅町本邸で明治18年に亡くなっている
                 この西洋館はまだ建設されていない亡くなったのはこの地所の
                 旧所有者榊原藩の旧宅であった 享年50歳 壮烈な死である


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 岩崎久彌  慶應元年(1865) 土佐の生まれ 慶応幼稚舎三菱商業学校
          米国ペンシルヴェニア大学卒業 28歳で三菱合資会社社長
          2017年は久彌氏生誕152年にあたる

   慶応生まれには 夏目漱石 幸田露伴正岡子規がいる
   司馬遼太郎「坂の上の雲」で描かれた秋山真之/慶應4年生まれとは同世代で
   信濃丸の「敵艦見ゆ」日本海海戦 大勝利を本邸で固唾をのんで見守っていた
   後年 東郷平八郎元帥以下を六義園に招き大園遊会を催すこととなる

         
    岩崎久彌は明治・大正・昭和三代五十有余年 生涯の大半を本邸で過ごした
    没年は1955年(昭和30年) 享年90歳 染井の岩崎家墓地に葬られている
       
  2017年は建物完成後121年 久彌氏生誕152年 没後62年目にあたる
  
   写真/三菱史料館所蔵

                                                                         

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# by josaihconder | 2009-02-08 22:34

Topics ・Concert



◇ Topics 

   

 ◇ 岩崎邸足場解体 2017-june
           
     
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 ◇ 旧岩崎末廣別邸 岩崎久彌 終焉の地 便り
          
              岩崎久彌氏終焉の場所は千葉県富里市である  一帯の土地・建物は2012年に富里市の
              所有となり  現在富里市により公開に向けて整備が行はれている   
                                           

     末廣別邸
                                     

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                                      久彌氏終焉の部屋が現存する




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# by josaihconder | 2008-09-10 11:03

岩崎久彌邸ガイド



   ◇ 岩崎久彌邸 Guided Tour 
                              茅町コンドル会 

     旧岩崎邸庭園では重要文化財の洋館と和館を中心に
       ボランティアによるガイドツアーが行われています

                   ガイドは 毎日 行われています
                                            
                   八月はガイドを中止いたします

 
                                         撮影 池田邦子他
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◇ 地下・撞球室特別ガイド
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           定時ガイド

                毎日 午前11時 午後2時の2回  8月はガイドを中止します

                   御希望の方は洋館玄関横にお集まり下さい

                   案内時間は約一時間程度で予約は不要です    
                   案内場所は洋館と和館で内部もご案内いたします
                   撞球室は外部から ご覧頂きます

               英語ガイド 当面中止致します。
                     

               団体ガイド (15人以上) の場合は御希望の日のガイドが可能です
                      混雑等の理由で不可能な場合もありますが 
                      御希望の期日時間人数等を旧岩崎邸管理所(03-3823-8340)
                      に 一ヶ月 前までにご相談下さい  
                                    

                  ◇ 地下・撞球室特別ガイド

f0179114_21184367.jpg    期日        第二木曜 
                  
           12/ 8(木)
            1/12(木)  
            2/ 9 (木)  

  時間  10;30 より
  内容 洋館のガイドに加え 非公開の洋館地下室と連絡
      トンネルを経て撞球室をご案内します

  定員  先着20名

                       参加方法  当日 9;00 から入園券売場で整理券を配布します   

  
                          ガイド費用は 個人・団体・特別共 無料です

           

              コンドル会に関する御要望 御質問は下欄 Comments
                      又はkyuiwasaki@gmail.com にお寄せ下さい

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# by josaihconder | 2008-06-01 19:30

岩崎久彌邸 案内

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         正門を通ると 玄関に至る長い坂道がある
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               坪庭の一つが現存する
                     上図緑部分                                           


 

         

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# by josaihconder | 2008-06-01 19:26

岩崎邸洋館 一階

        茅 町  岩崎久彌邸 

                                     銅版画 石村正臣
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    ◇岩崎邸洋館

                                          撮影 桜町輝夫                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
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  ◇洋館 一階  洋館全体が迎賓設備で一階はホール 食堂 婦人客室 応接室の他 久彌氏の書斎があった


       1. 北面三連窓
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                    北面デザインの中心 大きなメダリオンとゴシック風の窓 内側は
                    華麗な階段がある メダリオンは明治初期故か空白となっている

   2. 玄 関

                       
f0179114_1222362.jpg      3.
ステンドグラス
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       薄緑の半円と側面ステンドグラスはコンドル
       のデザイン 半円のステンドグラスに黄金色
       の銀杏が映っている


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玄関にある 創建時の灯り
1世紀以前の明治の薫り



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               玄関のヴィクトリアン タイル
               意匠はイスラム風 英国ミントン社製



左は現在の玄関正面の壁
仮説によれば創建時にはここに窓があり和館東側の枯山水が見えた


    
     4. 仮想/玄関の窓よりの眺め

              中央春日灯篭は来歴は定かではないが名品 右奥に岩崎邸の
              名物大きな棗の手水鉢 続いて大広間が見える

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f0179114_923207.jpg          5. ホール、階段
             ホール 階段は建築の見せ場
             四本柱 階段 暖炉とコンドルの精華が見られる
             右上は 一世紀を経たペンダントライト

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           繊細優美な階段脇4本柱 豪快な暖炉と円形アーチで飾られた建物の中心となるホールで
           賓客のラウンジ 空中に浮かんだ様な三っ折れ階段はアカンサスの模様が彫刻され流れ
           るような空間が構成されている螺旋階段で地下へ更に地下道で撞球室へつながっている

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 6.
暖 炉 
    暖炉は全部で15ある 木製の一つを除いて他は全部 イタリア産大
    理石で出来ているデザインも豊富でルネッサンス・バロックと幅広い

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ラジエター
   明治の洋館の冬は寒さ
が厳しい温水暖房器が米国か
輸入されている目立った位
置に置かれたのは珍しかった所為と思われる 当時は金色に塗られていた 天使の像が側面にある

 

f0179114_8555586.jpg                                
     7. 書 斎
    
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本邸随一の華麗な天井
久彌氏はこの書斎が好きで 茅町通算50年間の多くの
 時間をここでの読書で過ごした
久彌時代の本棚が熱海
 別邸で保存され現在は当所に移されている




 






 岩崎小彌太氏/第四代三菱社長が訪ねるとこの部屋で
 夜遅くまで話しあっていた
    二人は従弟ながら兄弟の様に仲が良かった
 写真にある机は後年のもので久彌氏の使った物では
 ない

 天井には豪華なアカンサスの彫刻があり 菱形は三菱
 のマークを連想させる
                             


    8、 サンルーム
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       岩崎久彌氏とその家族 撮影大正11年5月

             前列中央 久彌氏56歳 左に彌太郎夫人 喜勢 左端久彌夫人 寧子(旧姓 保科)48

                二列目 右端二女(甘露寺)澄子 二男隆彌-三菱製紙 長男 彦彌太-三菱合資会社 

                長女(澤田)美喜 エリザベスサンダ-スホーム創立者 三男恒彌-東京海上 三女(福沢)綾子

                美喜の結婚記念に撮られた写真である


9. 床寄木細工
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                       各室床の周囲が寄木で飾られている
                       多数の銘木により部屋毎に変えられ
                       た様々なデザインが見られる


f0179114_17472436.jpg        10.
婦人客室 

f0179114_22593563.jpg 天井は絹の刺繍、アカンサスと花の模様 鳥の模様が織り込まれている  部屋の飾りにはイスラム.日本 ヨーロッパが混在している 
  
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岩崎寛彌氏 岩崎久彌氏の嫡孫
 本邸公開の貢献者の一人 岩崎邸コンサートの発案者で
 生前はしばしば コンサートに訪れた
    写真はコンサ-トでのスナップ  2008年没

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                      オールドバカラ
                         昭和24年まで 岩崎家で使用していたガラス器
                         総てオールドバカラ 特注品が含まれこれには
                         松葉菊他日本の模様がある
                              岩崎寛彌氏の寄贈による




      11.
食 堂   広さ30畳 幾多の名士が訪れた他 久彌氏は子弟にテーブルマナーを教えた
                  この岩崎邸の貴賓を集めた食堂に 今 土曜日クラッシクの演奏が流れる

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食堂 給仕扉
  配膳室と食堂の間に有る扉上
  半分と下半分が別々に開き更に上半分
  の部分に観音開きの扉が付いている食
  堂への台所の影響を少なくするために
  開口部を制限している



       12.
ヴィクトリアン・タイル
          美しい象嵌タイルが一階バルコニーにある ミントン社製の
          ヴィクトリアンタイルで目地なしのため制作に無駄が多く 
          周囲の塀の内側から破片が発見されている


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# by josaihconder | 2008-06-01 19:23

岩崎邸洋館 二階

◇岩崎邸洋館 二階  洋館二階は集会室 婦人客室 寝室など多目的に使用されていた

f0179114_213169.jpg  1.二階への階段
     8段+12段+8段 方向が3回変わる三折れ階段
     階段途中で上下に繋がる四本柱と華麗な中間部
     の飾りが見られる


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     中央階段踊り場から見られる二階ホールの手摺り

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                                                     2 甲冑
                  現在展示されていない
               
      久彌氏が寄贈を受けたヘンリー八世のミニチュア
      甲冑像
      実際の甲冑は現存しロンドン塔で展示されている





3. 二階客室
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澤田美喜さん
 1901年生まれ 名づけ親岩崎彌之助 久彌氏の長女美喜は外交官夫人で外国暮らしが長い
 日本帰国時住居部分の和館より好んで この二階部分寝室を使用した 昭和22年大磯に エリザベス・サンダースホームを作り 混血
        児救済に後半生を費やした

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f0179114_23402242.jpg                    4.金唐革紙/壁紙 
f0179114_21324840.jpg        [金唐革紙]
   上田氏の代表作”狩人”


 
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江戸時代 鞣し革に凹凸をつけ彩色した金唐革が ヨーロッパ
 から輸入されていた これを改良しベースに和紙を用いて
 再現したもの 手間がかかるため高価だが豪華で華麗 現在の
            金唐革紙は上田尚氏 /左上写真の製作による 
                                             

   
     5.
 バルコニー

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    柱の様式は一階トスカーナ二階イオニアで古典に沿って作られている昭和中期まで眺望に優れ富士山 房総の山々が見えた 天井照明は創建当時の物がそのまま残されている 床材はチーク 壁面に呼鈴があり配膳室へ繋がっていた

f0179114_12203018.jpgf0179114_13172566.jpg  












        右端 石村正臣氏      

                 [イスラム風模様の手摺り]
              戦時中の 金属供出で撤去されていたが
              2000年初頭に古い写真を基に復元された


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f0179114_21462279.jpg                   
 6.トイレット
   客用のトイレット 既に水洗の設備が
   ある陶器類はイギリスドルトン社製
 


                                        7.家 具
          現在岩崎時代の家具は殆ど残っていないがこの数年
          原徳三氏のご尽力で幾つかが復旧した
          これは岩崎家の家具であるが何に使ったか判然とし
                              ていない 








                                                                                                                                               

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# by josaihconder | 2008-06-01 19:22

撞球室 庭 園

f0179114_19481351.jpg◇ トンネル 撞球室 庭 園


1.  撞球室

            洋館と撞球室の間のトンネル

  撞球室と洋館はトンネルで結ばれている
  明治時代 岩崎邸来訪者により華やかに興じられた
  ビリヤード場への通路である

  金唐革紙の内装は復元され 過去の豪壮を偲ばせるが
  華麗なビリヤード台と照明は失われている

  大正以後は岩崎久彌氏の書架が並んでいた との
  証言が残されている 
 
                    撮影 松井 修一
          
                                   
 
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撞球室南側バルコニー
f0179114_22585888.jpg屋根トラスに コンドルのデザインが見られる




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岩崎邸建設時 ヨーロッパではアール・ヌーボウの全盛期
である
 コンドルは古典につながる様式主義を 一生貫いたが
 このモダーンな撞球室暖炉の上部装飾に
 アール・ヌーボウ風模様が見られる


     
  地下・撞球室ガイドが 2014年より行われている
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f0179114_18252181.jpg               


             
  2. 袖 塀
                         
       入り口の長いスロープを登ると左に塀がある
       中央メダリオンの紋章は岩崎家の家紋 重ね
       三階菱 現在の三菱マークの起源である




銀杏/樹齢400年          撮影 平野祥子
f0179114_18464414.jpg  3.  庭 園
     岩崎邸園の代表的樹木 ヒマラヤスギf0179114_2110558.jpg 
                     
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関東蒲公英  
撮影 木村 隆 


  


   
広場東に 檜 ヒマラヤスギ 南に銀杏と染井吉野 大島桜がある全体にモッコクが多いが 和館東側には 一世紀以上経った岩崎久彌氏遺愛のモッコクがある
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f0179114_11365038.jpg   4.  雪見灯籠
     東側森の中 芝庭沿いに巨大な雪見灯籠がある

f0179114_11304067.jpg  5.  榊原時代の庭園

     「香月亭遺蹟碑記」

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古渡り朝鮮灯籠

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f0179114_21383068.jpg      

  多重塔







 


庭園南側にある榊原時代
と昭和44年庭園縮小以前
の岩崎家の灯籠 






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# by josaihconder | 2008-06-01 19:21

岩崎邸 和 館

  岩崎邸  和 館
      旧和館は550坪現100坪設計-三菱社/岡本春道 棟梁/大河喜十郎 洋館と同じ明治29年/1896
      に作られた明治期 和館の傑作である しかし旧和館は現存部を残し 昭和44-45年に取り壊された
      現存部は重厚な書院造の三室で 主に岩崎本家の冠婚葬祭に用いられた
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          1. 入 口
 
                          和館客間入口 外観
                                                 
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    ステンドグラス 宇野沢辰雄
        (慶応2年-明治45年)



f0179114_23561650.jpg            
 
               
      
  2.坪庭と板絵

        坪庭 巨大な靴脱ぎ石が見られる


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                 板 絵
              僅かに現存する
 ”木菟”の板絵


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             長押にある菱形の模様-唐松菱         
                                   

                   
         

                      3. 入り側 
             
                       美しい柾目の鏡天井 尾州檜
                       最も長いものは16mある



f0179114_15363641.jpg4.棗型手水鉢
 岩崎ならでの巨大な手水鉢
 同じ物が清澄庭園にある

f0179114_1203765.jpg 
            
5.袴脱ぎの間
 和館東側に和風小庭園と瀟洒
な二畳の茶室風小屋がある
内部は袴脱ぎの間のしつらえ
で繊細な細工が天井建具に施さ
れている実用的には厠の前室で
庭よりの眺めを重視した構えと
なっている



f0179114_23501542.jpg          大広間よりの眺め

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   橋本雅邦-明治を代表する日本画家
        (天保6年-明治41年)





               6. 大広間
            床の間の絵/橋本雅邦 富士と波 襖絵/四季の景色 大広間の襖には櫻の絵が描かれている
            狩野派の作で往年の豪華さが偲ばれるが保存が悪く鮮明ではない
            床柱は四方糸柾 天井は猿頬面の棹縁で天井板は厚さ一寸 杉柾目 床柱も天井も超逸品

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三の間 独立して使用が出来
    るように押し板が置
    かれている


















     7. 東濡れ縁
         濡れ縁は庇が3mもあり広々としている 床材は栗 此処に座し広大な池(芝庭)の
         彼岸の雪見灯籠を見付けてください
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# by josaihconder | 2008-06-01 19:20

岩崎久彌 と コンドル

 年 表


f0179114_15241572.jpg     ☐ 岩崎久彌 1865-1955

                           
       1865/慶元  慶応元年8月25日/1865-10-14
                 岩崎彌太郎 喜勢夫妻の
                 長男として
                 高知県 安芸郡井ノ口村にて出生
       1875/M08  慶応義塾幼稚舎入学 後に
                三菱商業学校へ転学
       1878/M11  父彌太郎 茅町土地購入岩崎茅町本邸
                とする  
       1885/M18  父岩崎彌太郎 茅町岩崎本邸にて
                逝去
                  彌太郎50才

       1886/M19   米国留学 ペンシルベニア大学入学
       1892/M25   同校卒業 バチュラー オブ サイエンス
       1893/M26   三菱合資会社社長 28才
                   1894/M28 日清戦争
        1894/M27  結婚/ 旧姓-保科寧子
                                              三菱史料館所蔵
     f0179114_181457.jpg

写真 /寧子夫人
 『岩﨑久彌傳』
         1896/ M29   茅町岩崎久彌邸 竣工
                        1904/ M37 日露戦争 
             1908/ M41  岩崎彌之助/57才没
                        1914/ T03 第一次世界大戦
             1916/ T05    社長退任/50才
                        岩崎小彌太/37 四代社長 
                        1923/ T12 関東大震災
                        1941/ S16 第二次世界大戦  
             1944/ S19   妻 寧子没 1945/ S20 岩崎小彌太没
                        1945/ S20 日本敗戦 財閥解体
             1949/ S24   千葉県成田 末廣牧場に隠棲
             1955/ S30  昭和30年12月2日 末廣別邸/下写真 にて逝去
                                           享年90才
                      死因は不整脈と胃潰瘍 妻寧子とともに染井の岩崎家墓地に眠る

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                             岩崎 末廣別邸 千葉県富里市



☐ 岩崎久彌 家系図

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   岩崎美和  文化11年/1814 土佐國生まれ 彌太郎
     彌之助の母親 二人を貧苦の中で成功させ 生涯を
     通じて精神的支柱であり続けた
    「富貴になっつたと雖 貧しき時の心を忘るべからず」
     明治33年/1900 大磯 陽和洞で逝去
     翌1901年久彌長女美喜誕生 美喜は美和の生まれ
     変わりと言われた








     ☐ Josiah Conder 1852-1920

f0179114_10592755.jpg  1852年    9月28日ロンドン生-ロンドン大サウスケンジントン美術学校
           - ウィリアム バージェスに師事 画家ロンスダールによりステンドグラスを学ぶ
  1876年    ソーン賞 (イギリス王立建築家協会新人賞)受賞
  1877年- 明治10年
        1月末 来日/ 24才 工部大学校(東大)教授/工部省顧問
        工部大学校造家学科初代教授 として近代日本建築の基礎を築いた
        明治初期の皇族政府の主要建築設計に参画し 黎明期の洋風建築の
        中核を務めた 近代日本建築の父と讃えられる

    工部大学校出身者/第一期生
      辰野金吾-日本銀行 東京駅 片山東熊-赤坂離宮 曽祢達蔵-慶大図書館
    日本文化紹介
        日本画/河鍋暁斎-暁英/日本庭園 生花 歌舞伎 日本舞踊


f0179114_14383264.jpg  主要 作品
    1期-公共建物  /*上野博物館 *鹿鳴館 *有栖川宮邸 *現存せず
    2期-大規模構造/*岩崎深川別邸 ニコライ堂 *三菱1号館
            岩崎久彌茅町邸
    3期-邸宅    /岩崎彌之助高輪邸-開東閣 彌之助家家廟
            諸戸清六邸 三井倶楽部 島津忠重邸
            古河虎之助邸
     家族・自邸
        夫人/前波くめ 長女/ヘレン・アイコ 
          コンドル自邸 /東京 麻布三河台町/1904-完成 

  f0179114_10555839.jpg              
   1914   T3 62   工学博士
   1920   T9 67   日本建築学会より表彰

     大正9年6月10日 妻くめ/63 逝去
     大正9年6月21日 麻布自邸にて脳軟化症で逝去 享年67才
               芝 聖アントニウス大聖堂で告別式
               護国寺墓地に埋葬



最晩年のジョサイア・コンドル
        白瀧幾之助氏作画






                    コンドル現存作品 

震災前 ニコライ堂 1891/明治24年
f0179114_11295847.jpg                岩崎彌之助高輪別邸1908/明治41年    
                                         
                                          
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    久彌茅町本邸 1896/明治29年
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岩崎彌之助廟 1910/明治4f0179114_17303135.jpg3年      
                   
  






                       諸戸清六邸
                          1913/大正3年  
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                       三井倶楽部 1913/大正2年 
f0179114_1557027.jpg  島津忠重邸 1915/大正4年 f0179114_23455210.jpg 










 古河虎之助邸 1917/大正6年   
                       
f0179114_1243565.jpg       ニコライ堂       東京・神田駿河台
       岩崎久彌茅町本邸   東京・本郷茅町
       岩崎彌之助高輪別邸  東京・芝高輪南町
       岩崎彌之助家廟    東京・世田谷 岡本
       諸戸清六邸      桑名・大字桑名
       三井倶楽部      東京・三田綱町
       島津忠重邸      東京・大崎袖が崎
       古河虎之助邸      東京・滝ノ川西ヶ原






f0179114_14474153.jpg      ヘレンのこと ジョサイアの死


 コンドル年譜によれば ヘレンの出生は明治13年であるが 別説によれば コンドルの一人娘ヘレン/はる は明治16年(1883) 8月5日生まれである  ヘレンはコンドルの妻くめとの間の子ではない ヘレンはコンドルが花柳界の女性に生ませた子で出生後すぐ里子に出されていたと言う ヘレンの実母は不明である

   明治26年コンドルと くめ の結婚時ヘレン13歳 同年に当時虎ノ門
   にあった東京女学館へ入学させている 
   女学館は名士貴顕の子女が通っていた女学校である
f0179114_14585387.jpg   女学館卒業後コンドルは明治34年(1901)
ヘレンを連れて英国に帰国しヘレンをブリュッセルの フィニッシング・スクールに留学させた
  
ヘレンは四年の留学を終えて明治38年3月に帰って来るが その帰りの船
の中で ウイリアム・レナート・グルット W.L.Grut に見初められた 
翌明治39年 レナートと結婚する

f0179114_2353910.jpgレナートの生家グルット家は デンマーク屈指の名門ハンセン家直系の家柄だった
このグルッドの一門は政財界だけでなくデンマークの各界に綺羅星の如く大物を輩出していた、大学教授、公使、閣僚、実業家、建築家、軍人作家等と多種多様だった

  ヘレンは不幸ともいえる出生でありながら 日本有数の女学校に入り欧州留学後得たものは 三国一どころかヨーロッパ屈指の名門に名を連ねることだった





下写真
コンドル邸での結婚披露宴 中央ヘレン夫妻 左端コンドルとくめ (1906 明治39年)

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  大正9年(1920) 5月意外にもコンドルの看病に疲れた妻くめが先に死去した コンドルは後を追うように11日後 6月21日麻布三河台町の自邸で世を去った 67歳 死因は脳軟化症である
 コンドル死後の処理は当時夫レナートの任地
バンコクから駆けつけたヘレンが執り行った
 コンドルが収集していた暁斎を中心とする
美術品は総てコペンハーゲンに送られた 


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葬儀後コンドルとくめは護国寺の墓地に埋葬され



     ヘレンはコンドル死去の処理を終え 大正9年の暮れバンコクに帰った
     昭和49年(1974)1月ヘレンはコペンハーゲンで没した 享年90歳である

         コンドル没後50年以上に亘って コンドルが愛し生涯住み続け 自らも故郷で
         ある日本にヘレンは遂に一度も帰ることはなかった






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# by josaihconder | 2008-06-01 16:18

記 録

  □ 末廣農場   岩崎久彌氏の最後の写真 89歳 右 橘常喜氏  撮影昭和30年7月26日
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                                      写真/ 『岩﨑久彌傳』より



      □ おかめ 
              明治9年 岩崎彌太郎は三菱社店頭に "おかめ" を掲げ 商家の心得とした 製作は
             江戸末期 作者 出所とも不明である 2010年9月 丸ビルにて展示

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岩崎彌太郎-明治初頭

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f0179114_17564565.jpg  □ 大和美人図

    河鍋暁斎作 「大和美人図屏風」(部分)
    暁斎よりコンドルに寄贈されたコンドル
    没後 コペンハーゲンに送られ 娘ヘレン
    死後行方不明となったが 2000年クリス
    ティズ・オークションに登場 現在日本人
    個人蔵 京都国立博物館に預託されて
    いる

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河鍋暁斎  天保3年(1831) 下総国古河の
まれ歌川国芳に入門 狩野派の流れを受けているが他の流派・画法も貪欲に取り入れ自らを「画鬼」とも号している
その筆力・写生力は群を抜いており 海外でも高く評価されている コンドルに日本画を教えともに旅行するなど互いに親密な関係にあった
f0179114_15212434.jpg         
岡倉天心 フェノロサに東京美術学校の教授を依頼されたが  病により果たせずに 明治22年(1889)逝去 胃癌 59歳

コンドルは1911年「河鍋暁斎・本画と画稿」(Painting and Studies by Kawanabe
Kyosai) を上梓した 




 □ 三菱一号館美術館  
         2009年 明治27年(1894)完成の三菱一号館が丸の内のほぼ同じ場所に復元れた 三菱が原に
         コンドルが初めて作った 近代的なビルで久彌社長の三菱合資会社が入居していた  久彌は
         茅町からここまで馬車で通っていた                       
                                            撮影 桜町輝夫
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  □ 聴禽荘 小岩井農場

       岩崎久彌氏は小岩井農場を愛し生涯にわたって小岩井での滞在を楽しみとしていた
       滞在中に使用した別邸 "聴禽荘" が現存している 
                                     撮影 桜町輝夫 4 june 2009
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  ☐ キャノン機関  the Canon Unit / 1949-1952

f0179114_21382598.jpg太平洋戦争終戦後キャノン少佐(Jack Y. Canon)はGHQの情報部門を
統括するG2に情報将校として参加した。その有能さを評価したG2トップの
チャールズ・ウィロビー(少将)が占領政策を行う上での情報収集のため、
1949年(昭和24年)にキャノンを長とする組織を密かに作らせた。本郷の
旧岩崎邸に本部を構えたキャノンは26人のメンバーを組織した。 
 他にも多数の工作員を抱え多くの日本人工作員組織も傘下においていた。
 当時すでに、アメリカとソ連との対立が顕在化している状況で、朝鮮半島
 での緊張も高まっており、主に北朝鮮情報の収集やソ連のスパイ摘発など
 に当たっていたという。その後G2はキャノン機関を日本の共産主義勢力の
 弱体化にも利用した。
 1951年(昭和26年)キャノン機関は、作家・鹿地亘を長期間にわたり拉致監禁して アメリカのスパイになることを要求した鹿地事件を起こす。翌1952年に鹿地が解放され、事件が発覚したが、この時にはすでにキャノンは解任され帰国していた。

鹿地事件の失敗でキャノン機関は消滅しキャノンは帰国してCIA入りするがまもなく憲兵学校の教官となり諜報活動
から身を引いた。 1981年、テキサス州の自宅ガレージで胸に銃弾を2発撃ち込まれ死んでいるのが見つかる。自殺
か他殺かは不明。享年66歳。



      ☐ 司法研修所  湯島設置期間/ 1971-1994

             司法研修所(しほうけんしゅうじょ)は 日本の最高裁判所の設置する 研修機関の1つで
             裁判官の研究・修養 司法修習生の修習に関する事務を取り扱う機関である


f0179114_0184897.jpg         沿 革
          1939年(s14) 司法研究所を司法省内に設置
          1946年(s21) 司法研究所を廃し司法研修所を設置
          1947年(s22) 司法研修所を二分し司法省関係を
                  司法省研修所
              裁判所関係を最高裁判所の施設として東京都
              港区芝高輪南町の司法研修所に仮設
          1948年(s23) 東京都千代田区紀尾井町3番地に移転
          1971年(昭和46年) 4月 東京都文京区湯島 に移転
                   岩崎邸は昭和46年から23年間
                   司法研修所として使用されていた

          1994年(平成6年)4月- 埼玉県和光市南二丁目に移転

                 岩崎邸に残された司法研修所時代の机








旧岩崎邸庭園  茅町コンドル会10周年 -2013

                                  ボランティアガイド 10周年記念誌

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石村会長

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旧岩崎邸庭園 茅町コンドル会10周年記念誌が発行された

 
2013年5月26日 東洋文庫 オリエンタル・カフェ で 公園協会理事長 吉川和夫氏 等の来賓を迎え 華々しく発表会を行った 写真はコンドル会顧問原徳三氏と
初代コンドル会会長 桜町氏。

この10年を懐古し 築きあげた歴史を俯瞰し コンドル会の行く末を見つめる金色の一里塚である

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         謝意   十年史の完成に多大の寄与があった 木村隆 酒井希両氏に深甚の敬意を表します





惜 別 - 石村正臣氏逝去   Aug 23 2015

        茅町コンドル会 第三代会長 で当会の発展に多大の功績のあった 石村正臣氏が逝去
        され ました。 深甚の哀惜と心よりの感謝をささげます。
  


      春の夜遠くに在りし星一つ    時広 智里
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                  2013年5月 コンドル会10周年記念会 


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  2006年6月 旧岩崎邸庭園
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                           2005年6月 岩崎邸にて 中央左は岩崎寛彌氏
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                                   2008年3月 熱海陽和洞
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                                 2009年6月 旧岩崎邸バルコニー
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                              2012年5月 入谷にて          

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                             撮影 岩井 誠一  2014年4月 拝島三井別邸  

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          大坪 中林 福島 日橋 木村 石村 滝川 岩井 桜町の各氏 2014年5月 大田黒公園  
 
         
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        石村氏墓前 2017


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石村遺作展 中央は夫人




木村 隆氏 退会   Jan 2017

   木村  隆氏 は2017年に退会しました。
       第4代会長として活躍他コンドル会発展への多大の寄与に対し深甚の謝意を捧げます。
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    ◇ 参考文献

       ・ 岩崎久彌傳   岩崎久彌傳編集委員会  昭和三十六年十二月二日
       
       ・ ジョサイア・コンドル 「鹿鳴館の建築家 ジョサイア・コンドル展」 図録(増補改訂版)
                                     2009年12月25日 発行       
       ・ 鹿鳴館を創った男  畠山けんじ  1998年2月1日 河出書房新社

       ・ 澤田美喜 黒い肌と白い心  人間の記録 2001年1月20日 日本図書センター
            








            
                                 

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# by josaihconder | 2008-06-01 16:16