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茅町 旧岩崎邸案内
平成13年10月1日開園、2016年10月1日で開園15年、来園者350万人
◇ 茅町 岩崎久彌邸
三菱の創始者 岩崎彌太郎の嫡男岩崎久彌
は今から百二十年前 明治29年に上野茅町に
岩崎久彌邸 を新築した
洋館の設計者は ジョサイア・コンドルで
この建物はコンドル作品の華と讃えられて
いる
同時に完成した和館は大河喜十郎の手になる自由闊達な会心作であり
この洋館と和館は明治を代表する名建築で共に重要文化財である
通常は日本間で暮らし 客間は洋風にする以後の日本住宅の先駆け
となった歴史的作品である
一世紀以上経た現在も往時の優雅な姿を伝えている
一世紀以上経た現在も往時の優雅な姿を伝えている
岩崎彌太郎 はこの場所 岩崎茅町本邸で明治18年に亡くなっている
この西洋館はまだ建設されていない亡くなったのはこの地所の
この西洋館はまだ建設されていない亡くなったのはこの地所の
岩崎久彌 慶應元年(1865) 土佐の生まれ 慶応幼稚舎三菱商業学校
米国ペンシルヴェニア大学卒業 28歳で三菱合資会社社長
2017年は久彌氏生誕152年にあたる
慶応生まれには 夏目漱石 幸田露伴正岡子規がいる
司馬遼太郎「坂の上の雲」で描かれた秋山真之/慶應4年生まれとは同世代で
信濃丸の「敵艦見ゆ」日本海海戦 大勝利を本邸で固唾をのんで見守っていた
後年 東郷平八郎元帥以下を六義園に招き大園遊会を催すこととなる
岩崎久彌は明治・大正・昭和三代五十有余年 生涯の大半を本邸で過ごした
没年は1955年(昭和30年) 享年90歳 染井の岩崎家墓地に葬られている
2017年は建物完成後121年 久彌氏生誕152年 没後62年目にあたる
慶応生まれには 夏目漱石 幸田露伴正岡子規がいる
司馬遼太郎「坂の上の雲」で描かれた秋山真之/慶應4年生まれとは同世代で
信濃丸の「敵艦見ゆ」日本海海戦 大勝利を本邸で固唾をのんで見守っていた
後年 東郷平八郎元帥以下を六義園に招き大園遊会を催すこととなる
岩崎久彌は明治・大正・昭和三代五十有余年 生涯の大半を本邸で過ごした
没年は1955年(昭和30年) 享年90歳 染井の岩崎家墓地に葬られている
2017年は建物完成後121年 久彌氏生誕152年 没後62年目にあたる
写真/三菱史料館所蔵
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by josaihconder
| 2009-02-08 22:34
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by josaihconder
| 2008-09-10 11:03
◇ 岩崎久彌邸 Guided Tour
茅町コンドル会
旧岩崎邸庭園では重要文化財の洋館と和館を中心に
ボランティアによるガイドツアーが行われています
ガイドは 毎日 行われています
ボランティアによるガイドツアーが行われています
ガイドは 毎日 行われています
八月はガイドを中止いたします











定時ガイド
毎日 午前11時 午後2時の2回
御希望の方は洋館玄関横にお集まり下さい
案内時間は約一時間程度で予約は不要です
案内場所は洋館と和館で内部もご案内いたします
撞球室は外部から ご覧頂きます
英語ガイド 当面中止致します。
団体ガイド (15人以上) の場合は御希望の日のガイドが可能です
混雑等の理由で不可能な場合もありますが
御希望の期日時間人数等を旧岩崎邸管理所(03-3823-8340)
御希望の期日時間人数等を旧岩崎邸管理所(03-3823-8340)
に 一ヶ月 前までにご相談下さい
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by josaihconder
| 2008-06-01 19:30
茅 町 岩崎久彌邸
銅版画 石村正臣

◇岩崎邸洋館
撮影 桜町輝夫
◇洋館 一階 洋館全体が迎賓設備で一階はホール 食堂 婦人客室 応接室の他 久彌氏の書斎があった
1. 北面三連窓

北面デザインの中心 大きなメダリオンとゴシック風の窓 内側は
華麗な階段がある メダリオンは明治初期故か空白となっている
2. 玄 関
3. ステンドグラス

薄緑の半円と側面ステンドグラスはコンドル
のデザイン 半円のステンドグラスに黄金色
の銀杏が映っている
4. 仮想/玄関の窓よりの眺め
中央春日灯篭は来歴は定かではないが名品 右奥に岩崎邸の
名物大きな棗の手水鉢 続いて大広間が見える

5. ホール、階段
ホール 階段は建築の見せ場
四本柱 階段 暖炉とコンドルの精華が見られる
右上は 一世紀を経たペンダントライト

繊細優美な階段脇4本柱 豪快な暖炉と円形アーチで飾られた建物の中心となるホールで
賓客のラウンジ 空中に浮かんだ様な三っ折れ階段はアカンサスの模様が彫刻され流れ
るような空間が構成されている螺旋階段で地下へ更に地下道で撞球室へつながっている
天井には豪華なアカンサスの彫刻があり 菱形は三菱
8、 サンルーム

9. 床寄木細工
銅版画 石村正臣

◇岩崎邸洋館
撮影 桜町輝夫

◇洋館 一階 洋館全体が迎賓設備で一階はホール 食堂 婦人客室 応接室の他 久彌氏の書斎があった
1. 北面三連窓

華麗な階段がある メダリオンは明治初期故か空白となっている
2. 玄 関
3. ステンドグラス
のデザイン 半円のステンドグラスに黄金色
の銀杏が映っている
玄関にある 創建時の灯り
意匠はイスラム風 英国ミントン社製
左は現在の玄関正面の壁
仮説によれば創建時にはここに窓があり和館東側の枯山水が見えた
4. 仮想/玄関の窓よりの眺め
中央春日灯篭は来歴は定かではないが名品 右奥に岩崎邸の
名物大きな棗の手水鉢 続いて大広間が見える

5. ホール、階段ホール 階段は建築の見せ場
四本柱 階段 暖炉とコンドルの精華が見られる
右上は 一世紀を経たペンダントライト

賓客のラウンジ 空中に浮かんだ様な三っ折れ階段はアカンサスの模様が彫刻され流れ
るような空間が構成されている螺旋階段で地下へ更に地下道で撞球室へつながっている
ラジエター
明治の洋館の冬は寒さ
明治の洋館の冬は寒さ
が厳しい温水暖房器が米国か
ら輸入されている目立った位
置に置かれたのは珍しかった所為と思われる 当時は金色に塗られていた 天使の像が側面にある
本邸随一の華麗な天井
久彌氏はこの書斎が好きで 茅町通算50年間の多くの
時間をここでの読書で過ごした
久彌時代の本棚が熱海
別邸で保存され現在は当所に移されている
岩崎小彌太氏/第四代三菱社長が訪ねるとこの部屋で
夜遅くまで話しあっていた
夜遅くまで話しあっていた
二人は従弟ながら兄弟の様に仲が良かった
写真にある机は後年のもので久彌氏の使った物では
ない
ない
天井には豪華なアカンサスの彫刻があり 菱形は三菱
のマークを連想させる
8、 サンルーム

岩崎久彌氏とその家族 撮影大正11年5月
前列中央 久彌氏56歳 左に彌太郎夫人 喜勢 左端久彌夫人 寧子(旧姓 保科)48歳
二列目 右端二女(甘露寺)澄子 二男隆彌-三菱製紙 長男 彦彌太-三菱合資会社
長女(澤田)美喜 エリザベスサンダ-スホーム創立者 三男恒彌-東京海上 三女(福沢)綾子
美喜の結婚記念に撮られた写真である

各室床の周囲が寄木で飾られている
多数の銘木により部屋毎に変えられ
た様々なデザインが見られる
10. 婦人客室
天井は絹の刺繍、アカンサスと花の模様 鳥の模様が織り込まれている 部屋の飾りにはイスラム.日本 ヨーロッパが混在している


多数の銘木により部屋毎に変えられ
た様々なデザインが見られる
10. 婦人客室
天井は絹の刺繍、アカンサスと花の模様 鳥の模様が織り込まれている 部屋の飾りにはイスラム.日本 ヨーロッパが混在している 

岩崎寛彌氏 岩崎久彌氏の嫡孫
本邸公開の貢献者の一人 岩崎邸コンサートの発案者で
本邸公開の貢献者の一人 岩崎邸コンサートの発案者で
生前はしばしば コンサートに訪れた
写真はコンサ-トでのスナップ 2008年没
総てオールドバカラ 特注品が含まれこれには
松葉菊他日本の模様がある
食堂 給仕扉
配膳室と食堂の間に有る扉上
半分と下半分が別々に開き更に上半分
の部分に観音開きの扉が付いている食
堂への台所の影響を少なくするために
開口部を制限している
12. ヴィクトリアン・タイル
美しい象嵌タイルが一階バルコニーにある ミントン社製の
ヴィクトリアンタイルで目地なしのため制作に無駄が多く
周囲の塀の内側から破片が発見されている

半分と下半分が別々に開き更に上半分
の部分に観音開きの扉が付いている食
堂への台所の影響を少なくするために
開口部を制限している
12. ヴィクトリアン・タイル
美しい象嵌タイルが一階バルコニーにある ミントン社製の
ヴィクトリアンタイルで目地なしのため制作に無駄が多く
周囲の塀の内側から破片が発見されている

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by josaihconder
| 2008-06-01 19:23

























